1月にはいって、校舎の解体が進み、16日現在、下の写真のように、校舎の姿は完全になくなり、「二宮尊徳の石像」と「閉校記念碑」のみが、ポツンと遺された姿になり、実に寂しくなりした。やがて駐車場が完備され、それなりに整備されていくとは思いますが、昭和43年度末で閉校になった「旧多芸小学校」の校舎の一部、それは閉校となる10年前(昭和33年)に修復工事が行われ、大々的に落成式まで挙行された校舎です。そして閉校後は「旧多芸公民館」として、また昨年までは「多芸東部土地改良区事務局」として、実に55年間もの間、多芸東部地域の象徴的存在として、地域住民に貢献した「旧多芸小学校校舎」。大正10年から、何度も改築や増築されながら、100年余り、多芸東部地区の原風景でもあった「旧多芸小学校の校舎」。なくなりました。残念です。本当に、本当にありがとう‼ 心からのお礼と感謝の気持ちを捧げます。
令和4年夏に撮った写真
R5年1月16日 解体中の写真
(校舎は完全に解体された)