下は、郷土史に興味をお持ちの近くの方が拙宅に訪れられ、見せてくだった銅製の文鎮です。
裏の揮毫を見て、びっくり!
「多芸小学校廃校記念44.3.31」文字の刻印。
恥ずかしいことですが、廃校当時のこういった記念品の存在は全く知りませんでした。
「日の丸」が画かがれた扇の要の近くに、戦国武将の兜(眺め方によっては鎧とも見える)の塊が被さり、その周りに桜の花が四輪添えられたデザイン、扇の先端から要の先まで150mm、開いた扇の一番広い所で弦の長さが115mm、文鎮としてはかなり大きなものです。
当時、どんな思いでこの文鎮がどなたが、どんな思いから作製されたのか。それを知りたくて、「公民館だより」(平成24年「多芸公民館だより」№3)で回覧、地域の皆さんに照会をかけましたが、残念ながら、何の反応もありませんでした。(現物は所有された方に、お返ししました。)
しかし、その後、前多芸西部区長会長「中山 由人」氏(昭和43年度 卒業、多芸小最後卒業生)が、「それなら、私、持っていますよ」とおっしゃり、公民館に寄贈いただきました。現在は、多芸公民館の図書館書庫に、大切の保管してあります。
多芸小最後の卒業生の方が、お持ちになっていたことから、「廃校記念品」として、この文鎮がいくつか作られ、記念品として児童や関係者に配布されたのは確かなようですが、余り多くつんられなかったのか?・・・もう少し、多くの方から「私も持っているよ」「確かにもらったよ」という反応があってと思うのですが・・・。
何よりも、どんな思いで、こういったデザインにされたのが。どんな思いで配布されたのか。等、当時の思いをお聞き出来たらと・・・」と願っているのですが、それが叶わないのが、残念です。